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2011年3月25日 (金)

東日本大震災

東日本大震災からまる2週間が経つ。亡くなった方や行方不明者が2万人以上、
一家全員が波に流されて安否を尋ねる人すらいない例も数も多いという。
漁業の町農業も盛んで美味しいものがいっぱいあって、自然に恵まれ観光の町でも
あった美しい風光明媚な地だった。30年以上になるかな、友人と松島とか今は亡き
父と陸中のスケッチ旅行とか行きました。めったに旅行などしないわたしにすれば大事な
思い出の地でもあった。今回の地震と津波は3月11日午後2時46分、何の前触れ
もなく青森岩手宮城福島茨城千葉と東日本の太平洋側の人も家も職場も役所も商店の
すべてを揺さぶったうえに根こそぎと言っていいほどに海にひっさらってしまった。こ
れほどの凄まじい光景は1000年に一度あるかないかというけれど、この震災にあっ
てしまった方と免れた人間とでは天と地ほどにも違いこそすれ今の時代に生きるもの
もの同士としてわたしたちは共に乗り越えらのか、わたしたちにもかせられた大きな
課題だと思う。ともあれ自然の恐ろしさをまざまざと見せ付けられた思いだ。
           

海に向かって“お母さん、お母さん”と泣きながら呼ぶ声女の子、"皆いなくなってわたし
一人になってしまった”と50代の女の人の号泣が耳から離れない20113111

                             立ち上がるお母さんたち


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